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zoom RSS 古を訪ねて <岩室千体仏(恵那市岩村)>

<<   作成日時 : 2012/05/05 09:44   >>

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先週今年7年ぶりにご開帳された岩村にある岩室千体仏を訪れた。


<案内板による説明>

岩室千体仏は経塚で、寛永九年(1632)に岩村城主
松平乗寿が岩村城の鎮護と領民の安泰繁栄を祈願して
建立したものである。乗寿は菩提寺の龍厳寺に命じて
浄土三部経一千部を石筺(石の箱)に蔵め地中に深く
埋蔵し、その上に石室を設け一千体の阿弥陀仏を安置した。

 六年後に乗寿は国替えによって浜松に移り、丹羽氏が
岩村城主となって五代六十四年ほど在城したが、お家騒動
が原因で領地半減となって越後高柳(新潟県新井市)へ移った。
そのあとへ信州小諸から、松平乗紀が転封してきたが、この
松平家は乗寿の二男乗政が分家して創立した大給松平の
一族であった。

 岩室千体仏は百十年を経て荒廃してきたので、
乗紀の後をうけて城主となった乗賢は大給松平氏本家の
下総国佐倉城主松平乗邑と相談し、寛保元年(1741)に
協力して修繕再営した。石室を改修すると、
ともに仏像も新しくつくり替え、前の古い仏像は供養して
地中に埋蔵した。

 仏像は一千一体ある。中尊一体はご身長一尺四寸(約42cm)
座光共に三尺六寸(109cm)で小仏千体は三寸(約9cm)で
座光共に四寸(約12cm)であるが、小仏千体のうち十体は
百体ごとの首像として四寸(約12cm)座光共に五寸五分
(約17cm)と少し大きい。一千一体とも金彩(金箔)が
施してある。

 石室千体仏を再営した乗堅も乗邑も乗寿の曾孫であり
二人とも老中の大役に任じられ、乗邑は将軍吉宗と組んで
享保の改革を断行した。

 千体仏は昭和五年一月紛失し、昭和十一年に再入仏し
現在に至っている。
ご開帳は建立当時から七年毎に行っており、
陽春四月桜の候に近郷はもとより遠方からも多くの
参詣者がある。
石室の正面から左廻りに寛保元年再営記が刻み込まれて
おり、石室千体仏の歴史を読み取ることが出来る。

平成五年十二月  岩村町教育委員会


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小高い丘までの登り道は結構きつかった。
お年寄りにはかなり厳しい道のりだろう。

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初めて参拝したが予想以上の小ささに驚く。

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上部は見づらいので下に鏡が置かれている。

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昭和11年の再入仏だがよく見るとひとつひとつ違うお顔だ。
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α350の可動ビューファインダーのおかげで内部撮影に成功した。

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すでに初夏の様相の岩村の町並みをしばし見下ろし帰路につく。

CAMERA:SONY DSLR-A350

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